思い返せば
そう悪くない日々だった
楽しい思い出が
いっぱい
いっぱい
いつかおまえはあの日のことを忘れてしまうかもしれないけど
楽しかった記憶はいつまでも残るだろう
それだけ覚えていれば、いい



こんな日もあった     Side:アスマ





「こんなところで寝てるなよ」

久しぶりの休日。
ちょっと外をぶらぶら歩いていたらシカクさんに声をかけられて酒に誘われた。
断る理由もなかったしシカマルの顔も見たかったしで二つ返事で誘いに乗ってこの家に来た。
そうしたら、やっぱりというかなんというか、シカマルは寝ていた。

「…アスマー」

寝ぼけているのだろうか、いつものはっきりとした声ではなく少し甘えているようにも聞こえる声が応えた。
よっ、と。
手を差し伸べるとオレのそれより一回り小さい手をそれにかさねて小さく声を掛けながら上体を起こした。
シカマルの黒瞳と目が合う。
寝やすいようにか、いつはきっちりと結わえてある髪の毛が今日は下ろされている。
シカマルは妙に夕日が似合うと思った。
「こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
「…最初はあったかかったんだ」
「おまえ、いつから寝てたんだよ」
「…………」
「おい」
「2時、くらい…?」
「今、何時だと思ってやがる」
「…」
「5時だぞ、5時!おまえはどれだけ寝れば気が済むんだ」
「…たかが3時間じゃねえか」
「どうせ午前中ずっと寝てたんだろ」
「…」
はあ、と本気でため息を吐く。
どうしてこうも寝汚いのだろうか。
さすがに休日の動向にまでとやかく言うつもりはないが、若者としてこれはどうなのだろう。
まあ、シカマルらしいといえばらしいのだが。
「それより、あんたどうしてここにいるんだよ」
もっともな質問だ。
休日に自宅でのんびりと昼寝をして目覚めたら自分の師がいたらそりゃあ驚くだろう。
まあ、呆れたような表情からして予想はついているのだろうけど。
「シカクさんにたまたま会って、一杯誘われたんだよ」
「…親父は?」
「途中でいのいちさんに会ってな。酒を持って先に家に行ってろだとさ」
「あっそ」
「あの様子じゃしばらく二人で話し込んでそうだからな、一局誘いにきたんだが…」
「…ちょっと待ってろ」
了承の言葉はなかった。
なかったが、シカマルはすぐに将棋セットを持ってくると何も言わずに駒を並べ始めた。
この日当たりのいい縁側はシカマルの気に入りの場所だ。
そして、そこでやるオレとの将棋もシカマルの気に入りだ。
カチャカチャと駒を並べる音がやけに長閑に響いた。

パチリ

シカマルの歩兵が一歩前に動いた。

パチリ

使い込んである棋盤と駒は手によくなじむ。

パチリ

オレはシカマルに勝ったことがない。
いいところまで行っても、いつも最終的にはひっくり返されてしまう。
悔しくてたまらないが、その鮮やかな戦略には目を見張る。

パチリ

シカマルはオレに負けたことがない。
オレがシカマルに将棋を教えた日から今日まで、シカマルは一度も負けたことがない。
でも、いつも楽しそうに相手をしてくれる。

パチリ

相手の手を先の先まで読んで駒を動かすその先見の明。
どうやって攻めていくのかと冷静に考えるその戦略。
思考に耽るその横顔は表情がばっさりとそぎ落とされている。
(コドモらしくねえなぁ…)
今更ながらに苦笑するがそんなところも含めて奈良シカマルという一人の少年なのだからそれも悪くない。

パチリ

シカマルは基本的に誰とでも仲がいい。
面倒くさがりでものぐさなわりに友達が多い。
というか、コイツのまわりにいるやつらはうるさいヤツが多い。
だからシカマルみたいなのが一人くらい混ざっていて釣り合いが取れるのかもしれない。
十班でいるときもそうだ。
班をひっぱっているのはいのに見えて、その手綱を引いているのは実はシカマルだ。
ボーっとしているように見えてさりげなく危機からヤツラを回避している。

パチリ

だから、そんなシカマルをオレはすげえヤツだと思っている。

パチリ

すげえヤツは年齢に関係なくすげえヤツだ。
だが、シカマルにとってオレはどうなのだろう?
信頼すべき、尊敬すべき師でありえているのだろうか?

パチリ

訊かなくても答えなんてわかっているけれど。

パチリ

「…あんたさー」
「ん?」
「オレ以外に将棋の相手、いないわけ」
「…」
「…」
「いないわけじゃない」
「ふーん?」
「でも、おまえとやるのが一番楽しい」

パチリ

「おまえは?」
「は?」
「おまえは、オレ以外に将棋の相手、いないのか」
「………いない」
「奈良さんは?」
「負けるのがいやだから相手してくれなくなった」
「ははっ、あの人らしいな」
「だから、あんたくらいしか将棋のあいていない」
「じゃあ、いいじゃねえか」
「何が」
「需要と供給が一致したな」

パチリ

将棋が弱かったとしても(一応仲間内では強いほうなんだが…)シカマルは楽しそうに笑うから別に心配することはないのだ。
師だとか上忍だとか大人だとか、そういうこと抜きにしてオレという人物を認めてくれていることをオレは知っているから。

パチリ

このいくつも年下の少年に恋愛感情を抱いているのだと気づいたのはだいぶ前だった。
悩みに悩んで、結局、好きだと言った。
シカマルも悩みに悩んで、結局、好きだと言ってくれた。
そのときの耳まで真っ赤なシカマルがいとおしくてしょうがなかった。

パチリ

恋、なんて。
まったく厄介な代物に手を出してしまった。
一度捕まってしまえば逃げる術をオレは知らねえ。

パチリ

「…王手」
「なにィ!?…今のナシ!!」
「ほら、さっさと次やれよ」
「〜〜っ」
「…」
「…」
「…」


「オレの負けだよ!」

棋盤とにらみ合うこと3分。
どう足掻いてもムリだとようやく悟ってやけくそ気味に降参だと叫んだ。
シカマルはそんなオレを見て可笑しそうに笑う。
ヨシノさんは台所。
シカクさんはいのいちさんと立ち話。
二人がいつ現れるかわからないここはシカマルの家の居間に即した縁側。

それなのにオレはシカマルに触れるだけのキスをした。

シカマルの顔がとたんに真っ赤になる。
何度キスしても慣れない様子がかわいくて思わず笑ったらにらまれた。
あんまり笑ってすねられるのも困るのでとりあえずタバコを取り出した。
思い切り煙を吸い込む。

「…知ってるか」
「?」
「タバコっていうのはな、吸ってる人間よりもそばにいる人間のほうが害がでかいんだよ」
「あー…」
「あんたのせいでオレが肺ガンになったらどうしてくれる」
「看病してやるよ」
「おい」
冗談だ。
そう言って笑ってオレはシカマルを見た。
「その時はその時考えればいいだろ」
なってもいねえ病の心配をするなんて無駄な話だろう。
シカマルが肩をすくめて同意を示すとオレは庭に視線を転じながらのどの奥で低く笑った。
シカマルも視線を庭に向けた。
西の空は夕焼けの赤と夕闇の藍が交じり合った色をしていた。

「黄昏時…か」
誰そ彼
いくらなんでもこの明るさで相手の判断をつけられないようでは忍は勤まらない。
だが、この言葉は好きだ。
「雲…」
「あー?」
「色がついてるな」
「ああ」
シカマルはよく雲を眺めている。
何者にも囚われずに流れていく様が好きなのだと言っていた。
その行く末を知るものはいない。
確かに目には映るのに手に触れることはかなわない。
下界のことなど何も知らずにぽかりぽかりと浮かぶ雲が本当は少しうらやましい。
「おまえ、雲見るの好きだよな」
「ああ」
「楽しいのか?」
「っつーか、落ち着く」
「おまえ、それ以上落ち着いてどうすんだよ。マジでジジイだぞ」
「あんただって人のこと言えるのかよ」
「おまえよりはマシさ」
思い切り息を吸い込む。
体中に広がる有害物質。
「シカマル」
「何?」
「もし、オレが死んだら…」
「やめろよ」
そんな話、聞きたくない。
シカマルはオレを思い切りにらみつけた。
「いーから、聞けって」
手を伸ばす
髪をくしゃくしゃとなでる。
シカマルの肩につく黒髪が跳ねた。。
「もし、死んだらオレは雲になって流れておまえんとこまで行くからよ」
おまえの一番好きな、青空に浮かぶ白い雲になって流れていく。
「…」
シカマルは何も言わずにオレの服の裾を引っ張って、やっぱり指を離した。






「帰ったぞー」




シカマルが愛しい。
能天気なシカクさんの声がなかったら抱きしめてキスをしていたかもしれない。
「オレが雲になったら、おまえ、ちゃんと見つけろよ」
「…」
「な?」
「…50年くらい後の話なら、考えといてやる」
それで十分だ。
オレは笑った。
シカマルは何かを言いたそうにして、でも結局何も言わずに立ち上がって将棋セットを片付けた。
その間にシカクさんが居間にはいってきた。
声をかけられる。
シカマルは立ち上がってどこかに(多分台所に)行った。





50年くらい後の話なら考えといてやる





つまりは戦いの場ではなく畳の上で死ねということか。
50年なんていう想像もつかないような年月。
それまでオレたちが一緒にいられるのなら、ソレも悪くない。



「死に水でもとってもらうか…?」

小さく自分だけに呟いたソレはひどく幸福な未来だった。










たとえば
キスした後の照れたような笑顔だとか
抱き合った朝に見せる無防備な寝顔だとか
この腕の中にいるときの安心したような表情だとか
そんなさりげない仕草が
ぜんぶ
ぜんぶ
大切だった
守りたかった
愛していたよ








もう二度とは戻れないのだとしても



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