今を幸せだと思えること。
そのことが、あたしの力になっていく。
そう、信じている。
シアワセの形
幼馴染と結婚して、子どもを生んだ。
あたしは今、幸福の絶頂にいると思う。
いろいろと辛いことの多かった少女時代。
忘れてはいけない悲しい記憶。
忘れられない苦しい思い出。
すべてを腕に抱えたまま、あたしは今ここにいる。
「結局のところ、あたしがほしかったのって女としての幸せなのかな」
並んで眠る、愛しいあたしたちの子ども。
「はあ?」
床に座り込んで巻物を読む大事な幼馴染であり夫である男。
「だってさ、あたし、今…すっごい幸せだもん」
「…」
「なんていうか…すごく、満たされてる感じ。不安とかがないの」
「ふーん」
「それだけ?」
「よかったな」
「…」
少女時代、いつも不安だった気がする。
アカデミーの時は、誰かに負けたりしないだろうか、って不安でいつも気を張ってた。
下忍のときは、シカマルやチョウジにおいていかれないか、って不安だった。だって、二人は優しいけれどどうしても男と女の差が出てきてしまうから。
シカマルが中忍になったときなんか、そりゃあもう不安で仕方なかった。シカマルが離れていってしまう、って考えたら胸がキリキリと痛んで泣きたくなった。
サスケくんが里抜けをしてすごくショックを受けて、しかもそのサスケくんを追ってるのが中忍になって初任務のシカマルを隊長とした下忍ばっかりの隊だって聞いた時には目の前が真っ暗になった。当然のようにチョウジも一緒に任務に向かってて、でもあたしには声をかけてくれなかったからすごく悲しくて、待ってるだけの身は辛かった。
里のごたごたが落ち着くころにそのことをシカマルに言ったことがあった。
『サスケくんの奪還任務のとき…』
『…』
あの任務がシカマルに深い後悔と決意を与えていることは知っていたけれど、それでもきかずにはいられなかった。
『どうして、あたしには声をかけてくれなかったの?』
『それは…』
『お願い、教えて。忍としての力量が足りなかったから?役に立てないと思ったから?足手まといになるって考えたから?』
『…』
シカマルは随分長い間あたしの眼を見ていた。目をそらしたらシカマルははぐらかして教えてくれないとわかっていたから、あたしはシカマルの目を真っ直ぐに見返した。
『…』
大きなため息。
『あの任務はおまえの力ではムリだと思った』
『…』
『それと…サクラにはおまえが必要だろうと思ったし、サクラが傷ついてるときにそばにいなかったらおまえが後悔するだろうとも思った』
『え…』
『だから、連れて行かなかった。それだけだ』
『…』
時々、シカマルは何でも知ってるんじゃないだろうかと思う。
言われて、初めて気がついた。
あたしがもしもシカマルと一緒にサスケくんを追いかけてたら、サクラは一人でみんなを待っていなきゃいけなかった。あの時のサクラは傷ついてぼろぼろで、自分の無力を心底憎んでいた。あたしは何もできないけれど、それでもそんなサクラのそばにずっといた。いのがいてくれてよかった、と泣きすぎてかすれた声でぽつりと呟いたサクラを覚えている。
『ありがとう』
だから、あたしはそのときにこたえたのだ。
『あんたが辛い時は、あたしがそばにいてあげる。そのかわり、あたしが辛くてどうしようもない時は、あんたがそばにいてよ』
サクラはうなずいて、もう一度小さな声でありがとうと呟いた。
「ねえ、シカマル」
「あー?」
「ありがと」
「…」
「あたし、シカマルがいてよかった」
「…」
シカマルは何も言わないけれど、それでもそばにいてくれるしわかってくれる。
大切な人がそばにいてくれるのはとても幸せなことだと思う。
「アスカとキョウが生まれて、すごくすごく嬉しかった」
大切な私たちの赤ちゃん。
失われる命もあれば、新しく生まれる命もある。
そんなことを、初めて知った気がした。
「あたしもシカマルも…あたしたちの親も友達も、みんな…みんな、誰かを殺したことがある人ばっかりで、なんだか…それに気づいた時、怖かったの」
「…」
「怖くて、忍である自分から逃げ出したくなったことがあったの」
「…知ってる」
シカマルは、どこか達観してる。
もしもあたしがシカマルから離れようとすれば、シカマルは何も言わずにあたしの手を離すだろう。
きっと何の迷いもなく。
そう思った。
「でもね、でも…あたしは、今のあたしの幸せを護るために躊躇わずに人を殺すことができるってわかってるんだ」
「…」
「もし…アスカやキョウに危害を加えようとするようなやつがいたら、迷わずにそいつを殺せる。それで、きっと…後悔なんてひとかけらもしないで、きっとこう思うわ」
シカマルは目をそらさない。いつだって真っ直ぐにあたしの声を聞いてくれる。
「この子達を護れる力があってよかった」
そんな自分を後悔はしないけれど奪った命の重みに耐えられないときもある。
「人を―」
少し眺めの沈黙の後、シカマルが口を開いた。
「初めて殺したとき」
「…」
「アスマが、言った」
「…何て?」
「『これでおまえも人殺しの仲間入りだ。何人殺したかなんて関係ない。たった一人でも、殺してしまえばおまえはもう後戻りなんてできない。どれだけ辛くても、逃げても、後悔しても、おまえが奪った命は返ってこない。殺した以上、いつ殺されても文句は言えん。殺されたことに文句を言えるのは誰も殺したことのないやつだけだ。誰も傷つけたことがないやつだけだ。おまえが殺したやつにも家族があった、友人があった。それでも、後悔するな。殺したやつのことなんて忘れちまえ。でないと、いつか足をとられるぞ』」
あたしは、何も言われなかった。
きっと、チョウジも何も言われなかった。
どうしてアスマ先生はシカマルだけにこの言葉を言ったのだろう。
でも、二人はとても仲がいいから。
だから、アスマ先生はもしかしたらシカマルの弱さも脆さも強さも優しさも、すべてを知っているのかもしれない。
「オレはあの時、忍として生きていくって本当の意味で決めた。その決意は、今でも変わらない」
初めて知った。
シカマルは聞けばこたえるけれど自分からは話そうとしないから。
「でも、いの」
シカマルが真っ直ぐにあたしを見る。
目つきの悪い三白眼。
それでもその奥にある光はとても優しいと知っている。
「おまえが、辛いと言うんだったら。子どもたちのために、もう人を殺したくないと言うのなら。忍をやめて、一人の女として生きてもいい。おまえと子どもたちを養うくらいの稼ぎはオレにだってある。好きな道を選べばいい。どの道を選んだとしても、オレは多分そばにいるから」
泣きそうになった。
多分、シカマルがこんなにもストレートに言葉をくれるのは初めてで。
あたしが言わなかったところまで、ちゃんとあたしの気持ちを察してくれて。
嬉しくて、嬉しくて、泣きそうになった。
「シカマル」
でも、泣かなかった。
だって、強くなりたいから。
「ありがと」
「…」
「でも、やっぱりあたしは忍としてこれからもやってく」
シカマルはあたしの目をじっと見た。
これ以上何も言わなくても、シカマルはあたしの言いたいことをわかってくれるって知ってた。
だから、あたしの決意を伝えるために、ただただ真っ直ぐにシカマルの目を見返した。
「…わかった」
少したってから、シカマルがうなずいた。
「要するに」
微かに、笑う。
「おまえは子どもたちを守って、オレは子どもたちを守るおまえを守ればいいんだな」
その言葉が嬉しくて、うっかり泣きそうになった。
この場所こそがあたしのシアワセ
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